私の実家は大分県にあります。実家近所の共同墓地に家墓もあり、そこに祖父母と両親が眠っています。
若い頃から仕事が楽しくてしょうがなかった私は、これまで一度も結婚することなく、世間で言うところの”セカンドライフ世代”になってしまいました。
転勤で引っ越してきた福岡の生活に慣れているので、ずっと実家にも戻らずにいましたが、いずれやってくる自分の旅立ちに備えて、自分で準備をしておかなければいけないと思い、墓じまいをして海洋散骨をお願いすることに決めました。
先延ばしにしてきた墓守
私は一人っ子で、両親以外の家族はいません。
兄弟でもいれば両親も寂しくなかったでしょうし、「結婚して子どもが生まれれば、大分県に戻ってきてもいいんじゃない?」とずっと言われ続けていました。
私に「結婚してほしい」という親ながらの願いもあったでしょうし、家墓の世話をしてほしい気持ちが会話のはしばしに感じられることもよくありました。
「先祖は粗末にしてはいけない」。父からよく言われた言葉です。仕事中心の生活をしていた私は、いつも「忙しいから」とお墓参りや法要に顔も出さない時期がありました。
日常に追われて、忙しいことを言いわけにして、墓守は私しかいないという現実からずっと逃げていただけなのです。
法要を考えるようになって
この歳になると、私の近しい友人や仕事仲間の間でも、手術や介護、痴呆、葬儀といった言葉が増えてくるもの。
まだまだ元気だと思っていた友人の訃報を聞いて、「ひとごとじゃない」と心がざわざわし、いずれはこの世を去る時がくる…そんな当たり前の現実を、改めて突きつけられた気がしました。
福岡の慣れ親しんだ生活を続けてきて、それでも私は一人です。
いざという時を迎えた時の手続きや処理をしてくれる人はいません。
そして思い出した父の「先祖を粗末にしてはいけない」という言葉に、突き動かされるように、”おひとりさま”の葬儀や弔いの手順、方法を調べました。
出来ることは今のうちにやっておかなければ、自分が動けなくなってからではどうすることもできませんからね。
墓じまいをして墓地から海洋散骨へ
まず、ずっとお参りにも行かなかったお墓に眠っている、祖父母と両親の遺骨を丁寧に弔ってあげたいと思いました。
遺骨の状態を確認するために、納骨室を開けると、そこは薄暗くてジメジメしていて、凍るような冷たい空気を感じました。「ここにずっと閉じ込めておいてごめんね」そんなふうに感じました。
そして、頑固だけどたまににっこり微笑む九州男児の父と、明るく気丈な性格でいつもニコニコしていた母の顔を思い出し、「明るい場所に開放してあげたい」と思いました。
お世話になっていたお寺の住職さんに事情を話し、檀家を離れ、専門業者へ依頼して、遺骨を骨壺から取り出して、粉骨しました。海洋散骨には遺骨を細かく粉末化する必要があるからです。遺骨を海に散骨することは違法だけど、粉末にするOKらしいです。
ずっと心に引っかかっていたお墓の問題を、気持ちよく解決することができたと思います。
これから先、どのくらい”おひとりさま”を続けることになるかは分かりませんが、そのうち大分県に戻ろうと考えています。
旅立つ時のために、弁護士や司法書士の先生にもお世話になりながら、前向きな気持ちでいろんなエンディングの準備を進めています。私も、お墓を持たない「海洋散骨」を選びます。後で一緒になるからね、お父さん、お母さん、待っててね。