「自分は元気だ、まだまだこれから」と思っていたのは数年前のこと。この年代になって初めて「おひとりさま」になると、生活や時間の過ごし方が全く変わってしまいました。
楽しいことよりも、不安の方が大きくなっていって、気持ちはどんどん落ち込むばかり。
1人で悩んでいても仕方がないとは、わかっていても、どうしようもない寂しさと不安が怖さになっていきました。
家にぽつんと「一人暮らし」
もうだいぶ前の話ですが、主人と結婚したばかりの頃は団地住まいをしていました。
そして、娘が産まれ、、、、
娘をがむしゃらに育てて、大変ながらも何とか毎日を過ごしていたことを思い出します。
念願の一軒家を建てて、自分の家を持った喜びに気分が踊っていた頃がなつかしいです。セカンドライフをもっともっと楽しもうと言っていた矢先、何にでも一生懸命、「家族と家が一番大事」と言っていた旦那にガンが見つかりました。
そして、闘病と手術をくり返した末に、旦那は3年前に他界しました。
1人娘は千葉に嫁いで、自分の家族を持ち、幸せに暮らしています。
団地住まいの時は、それでも周りに人がイヤでもたくさんいて、にぎやかでした。
今は持ち家に1人っきりです。
不安が重なって前向きになれない
ずっと一緒にいた旦那が居なくなる、どれほど寂しいんだろう…と、亡くなる前は想像していたんですけれどね。実際はもっともっと孤独でずっと寂しいです。
日中はまだそれでも、いろんなものを見たり聞いたり、「現実にいるな」って思えるんです。お友達もたくさんいるし、カラオケだって楽しいの。
怖いのは夜。ふと「1人なんだ」と思った瞬間、寂しさや後悔が何十年分ってのしかかってくるような気がして。一度寝付いても、だいたい2時間おきに目が覚めてしまいます。
あの頃は良かった、だとか、こうしておけば良かったと、過去を振り返っては後悔するばかりで、ちっとも前に進めないような気がしていました。
先の私の身は海洋散骨
1人娘は千葉県で自分の家庭を持っていますし、そこに私が入りたいとも思いませんよ。なにより、娘のいる千葉へ引っ越そうという気には到底なれません。
旦那とずっと大分県で暮らすつもりで結婚しましたからね。
その旦那の遺骨は、手許供養しました。次男坊でしたし、家墓もありませんから、せめて近くにいるような気にさせてもらおうと思って手元に置いています。
ただ、ここで私が旅立ったら旦那と私の遺骨はどうなるのだろうか…なかなか前を見れない中でしたが、自分の身どうするか、私が決めるしかないという現実を受け入れる覚悟をしました。
お墓が無くても、檀家に入っていなくても、どんな宗派も関係ない「海洋散骨」という方法があると、友人が私に教えてくれた時、「私にはこれしかないかもしれない」と思いましたよ。
遺骨も海に「自然」に還るようにしてくれて、お墓を残さないから、「安心して旅立てるんだ」と思えるようになりました。
するとなんだか気分もスッキリしてきました。決心がついたからか、残りの人生が前向きに、明るく生きる事ができ、夜もぐっすり眠れるようになりました。
私の身と旦那の遺骨を心配していた娘も、安心したようです。おかげで、残りの人生を精一杯生きる気力が湧いてきました。
そして、旦那を海洋散骨してもらい、そのあとは、わたしも海で散骨してもらって、あとで一緒になります。