私の故郷は大分。人生を終えたら、大分の海で眠りたい - 大分で海洋散骨 一般社団法人まるっと終活大分支援協会

私の故郷は大分。人生を終えたら、大分の海で眠りたい

いつか帰りたい上京組の故郷への想い
いつか帰りたい上京組の故郷への想い

こんにちは。まるっと終活大分支援協会の代表・木原です。当協会では、終活や墓じまいに関する様々なご相談やお問い合わせをいただきます。人生の終盤にさしかかると、お墓や先祖供養、ご自身の死後のことについて考える機会も多くなります。今回ご紹介するのは、68歳の男性の体験談です。墓じまいや先祖供養についてお考えの方の参考になればと思います。

【目次】

幼少期を過ごした故郷の大分

お墓を引き継ぐことは現代的ではない⁉

海洋散骨を決心して肩の荷が降りた

まとめ

幼少期を過ごした故郷の大分

大分県佐伯市生まれ育った故郷に帰りたい
大分県佐伯市生まれ育った故郷に帰りたい

私は、中学三年まで大分の佐伯市で育ちました。15歳のとき、父の仕事の都合で関東圏に引っ越し、今年68歳になるまで都心で暮らしてきました。

学生生活を送り、就職、結婚、子育てと、都心で生活を築いてきましたが、生まれ育った大分への想いは、年齢を重ねるごとに強くなっていくように思います。

幼少期に、身近にあった大分の海や自然、きれいな空気や落ち着いた環境が、日増しに恋しくなってくるのです。

両親は関東で亡くなり、お墓も関東で建てました。私自身も人生の終盤に差しかかり、お墓や自分の供養について、現実的な問題として考えるようになりました。

子どもたちも独立して、孫も生まれ、それぞれの家庭を築いています。

私はリタイア後は、故郷の大分に帰って、気ままな時間を過ごしたいと思っています。

お墓を引き継ぐことは現代的ではない⁉

そのような中で、関東にある両親のお墓を、いずれ子どもたちに継がせるというのは、なんだか現代的ではない気がしたのです。

私は、子どもたちに気がかりのタネや、いさかいのモトを残して逝きたくないと思っています。

そこで知ったのが、「まるっと終活大分支援協会」です。

大分で海洋散骨ができるというので、代表の木原さんに相談して、関東にある両親のお墓を、墓じまいする決心をしました。

海洋散骨を決心して心の荷が降りた

余生を大分で過ごしたいこと、墓じまいをして、両親の遺骨を大分の海に散骨したいことを話すと、妻も子どもたちも賛成してくれました。
妻とは都心で出会い、子どもたちも都心で生まれ育ちました。けれど、私の中でずっと温め続けた、故郷の大分への想いを理解してくれたことには感謝しかありません。

そこで、墓じまいはこちらの業者に依頼し、両親の遺骨の海洋散骨を「まるっと終活大分支援協会」にお願いすることにしました。
散骨日はまだ少し先ですが、墓じまいと海洋散骨を決心したことで、なんだか心の荷が降りたような気持ちです。

まとめ

今回ご紹介したのは、ご両親のご遺骨を海洋散骨し、ご自身が亡くなった後も海洋散骨を希望するといったご依頼でした。お墓の状況によっても、墓じまいの予算や方法は違います。関係者やご家族の気持ちに寄り添いながら、新たな供養の方法を検討することが大切です。海洋散骨についての無料相談は当協会にお気軽にお問合せください。今回の依頼者は、両親のお墓じまいを東京の石材店業者が行い、お墓の中のご遺骨も東京の石材店が「洗骨」→「天日乾燥1週間」→「ゆうパックで発送」→「大分で代行海洋散骨」という流れでした。心の荷が降りたとおっしゃっていました。

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