大分県で海洋散骨をお願いしようと思った理由(70代 アメリカ在住 女性) - 大分で海洋散骨 一般社団法人まるっと終活大分支援協会

大分県で海洋散骨をお願いしようと思った理由(70代 アメリカ在住 女性)

日本を離れて、アメリカで過ごした時間のほうが圧倒的に長いはずなのですが、この歳になると「故郷」を懐かしんでしまうものなのですね。自分が未来永劫、”どこで眠るか”を考えるきっかけになったのは、主人の死と向き合った、闘病中のことでした。

私の家と私の家族のこれから

煙突のある洋風の家

ずっと長らく住んでいるマイホームは、アメリカ人の主人が両親から受け継いだものです。今は主人も、家をゆだねてくれた両親もなくなり、子どもたちも独立して私が一人で住んでいます。

20代の若い頃に、日本留学していた主人と出会い、結婚して、本国に戻る主人と一緒にアメリカへ移住しました。それ以来、引っ越しをすることもなくずっと、このアメリカの家に住み続けてきました。

新婚生活も、子育ても、親子げんかも…いろんな家族の思い出が全てつまったような、私にとってかけがえのない場所です。

アメリカに住んで50年、人生の大半を過ごした主人が病床に伏し、「このアメリカの地で、主人がいなくなってしまったあと、私はどのように一人で過ごすのだろう」と物思いにふけるようになりました。

病院で看病をしている間は、主人の容態に一喜一憂する毎日で、心の余裕もありませんでした。数ヶ月の闘病期間があって、主人は息を引き取りました。

子どもたちにもそれぞれの家庭がありますが、長男が一度は「生まれ育った家でママと一緒にまた暮らそうか」と言ってくれたこともあります。

ただ、自分がどこで安置されたいかと考えた時、「日本がいい。日本に戻りたい」と思いました。

遺骨を日本に送って海洋散骨をしてもらいます

海と田舎の風景

アメリカの葬儀は、遺体に特殊な加工をして、亡くなったままの状態でお墓に安置します。火葬はほとんどしないのだそうです。

ずっとそこに体はあるし、眠っているのと変わらない感覚なんですよね、きっと。

まるで遊びに行くように墓地を訪れて、その前で語らう人の姿をよく見ます。

日本で育った私には、この弔いにいまだになじめません。最愛の主人にいつでも会いに行ける安心感はあるくせに、自分がいざ、そうなった時に「だれも会いに来てくれなかったら寂しい」と思ってしまいます。

ならばいっそ、心の中でいつでも思い出してもらえるだけでいい。そう思うようになりました。

そして、「国によって葬儀や遺骨の扱い方が違うように、人それぞれで自分が望んだ弔いを受けてもいいよね。私は日本に戻って、輪廻転生にゆだねたい」と子どもたちに伝えました。

アメリカで火葬にして遺骨にすることができます。子どもたちも私の思いを汲んでくれて、故郷の海洋散骨をする事業者と生前予約をする手続きを進めました。私の命が消えたら、私の体も自然に還す手はずを整えるように、子どもたちにお願いしています。

世界中、海でつながっています。私は故郷の大分県の海で眠ることになるのですが、子供たちはアメリカの海で私を想い出してくれることでしょう。母なる海って、人間にとってどこでも「繋がれる」という、きっとそういうことなのでしょうね。

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