お彼岸に思い出す、海洋散骨をした亡き母との思い出 - 大分で海洋散骨 一般社団法人まるっと終活大分支援協会

お彼岸に思い出す、海洋散骨をした亡き母との思い出

海洋散骨で母との対話
海洋散骨で母との対話

まるっと終活大分支援協会では、大分県で暮らす方たちの墓じまいや海洋散骨のお手伝いをしてきました。その中で、終活にまつわる様々なご相談もお伺いしてきました。今回は、実際に海洋散骨を選択された方の体験談をご紹介します。海洋散骨という選択肢を検討している方は、ぜひ参考にしてみてください。

お彼岸には海辺で母に手を合わせる

大分に暮らす私にとって、お彼岸は一年の中でも特に心が静かになる時期です。彼岸花が咲き始めるころになると、亡き母の姿を思い出します。母は生前から「自分が亡くなった後は、お墓ではなく海に還してほしい」と語っていました。最初は戸惑いましたが、母の希望を尊重し、家族で相談を重ねた結果、海洋散骨を選んだのです。

散骨の日は、母が好きだった晴れた空。船を見送るときは、涙がこぼれましたが、不思議と心は穏やかでした。母が海と一つになり、自由に旅立っていったように感じたのです。

それからというもの、お彼岸になると私は決まって海辺に足を運びます。お墓参りの代わりに、母と海を前に語り合うのです。「お母さん、今年も元気に過ごせていますよ」と。海を見つめていると、母が笑顔で「それでいいんよ」と答えてくれている気がします。大分の穏やかな海は、まるで母の大きな愛情そのもので、私の心を優しく包み込んでくれます。

供養の形はそれぞれだと実感

母を海に還した経験を通して、私は「供養の形は一つではない」ということに気づきました。伝統的なお墓参りももちろん大切ですが、自分たちの心に合った方法で故人を想うことが一番なのだと思います。お墓がなくても、私の中には確かに母が生きていて、海に足を運ぶたびにその存在を感じることができます。

そして最近は、自分自身のこれからについても考えるようになりました。もし将来、私の子どもたちが同じように迷わないように、終活の一環として自分の希望を伝えておこうと思っています。お墓を持つのか、母と同じように海へ還るのか。今は答えを急ぐ必要はありませんが、「どうすれば家族にとって心が安らぐ形になるか」を話し合う時間を持つことが大切だと感じています。

次の世代にも伝えたい“終活”の重要性

また、母の思い出を次の世代にしっかり伝えていきたいとも思います。散骨をした日のこと、母がどんな人だったか、そして海を前にどんな気持ちで過ごしているのか。そうしたエピソードを言葉に残しておけば、母が選んだ供養の形も、私たち家族にとってより意味のあるものになるでしょう。

お彼岸は亡き人を偲ぶ大切な機会。これからも私は、母との約束を胸に、海に足を運び続けたいと思います。そして、母が望んだ「自由で穏やかな旅立ち」を、私自身や子どもたちの世代にも自然な形でつなげていけたら――それが母への最大の供養であり、家族の心の支えになるのだと信じています。

終活や相続、墓じまい、海洋散骨のご依頼は当協会まで

大分県では、古くからのお墓を大切にする文化がありますが、現代の生活スタイルに合わせた供養の形も必要とされています。「どうすれば先々まで安心か」「子どもや親族に負担をかけないにはどうしたらいいか」といった悩みは、多くの方が共通して抱えるものです。

まずは家族と話し合うことから始めてみてください。そして、不安や疑問がある場合は、専門家に相談するのが安心です。

そのほか、終活についてお悩みがあれば、当協会にお気軽にお問合せください。ご本人やご家族の気持ちに寄り添った終活の形をご提案します。

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