私の家族、祖先はこれまでずっと「生まれも育ちも佐賀」の者ばかりです。4代続く農家で、私がこどものころは、ずっと3世代同居でした。
祖父母と一つ屋根の下で暮らし、叔父、叔母、いとこもみんな近所に住み、若い頃は一家総出で畑仕事に精を出したものです。
裏山にある家墓には、毎日のようにお参りにいき、季節法要や月命日には、たくさんのお供えものを買って、みんなで茶菓子にしていただきました。
それが当たり前だとずっと思っていましたので、私の子どももみんな当然に農家を継ぐものだと思っていました。
しかし、2人の子どもはスーツを着て全国を飛び回るようなサラリーマンになり、同居するどころか、社会人になった途端に県外で生活を始めました。
時代は変わったのですね。
身内が一人、また一人といなくなって
私は4人兄弟の次男で、長男が家を継いで農家を続けていました。
長男のところの子は女の子一人。「婿でももらってくれれば安泰だ」という長男の希望が叶って婿さんが農業を継いでくれていました。
ほどなくして離婚。長男の娘には女の子がいますが、「農業と家に縛られるのはいやだ」と、実家に寄り付かなくなりました。
そんな折、私の家内が病気で療養の末に亡くなり、私の兄弟たちもこの5年の間にみんな旅立ってしまいました。
長男のお嫁さんも病気を患って長いこと入院し、あんなににぎやかだった実家は、家継ぎどころか誰も出入りする人がいない家になっています。
私も糖尿病の合併症のせいで目と足が悪く、車いす生活をしているので、裏山の家墓も荒れ果て、お参りにも上れず、掃除も存分にできません。
人の手を借りることは悪いことじゃない
家のことは、これまで何でも家族だけでやってきました。それが当たり前だと思っているから、「墓守も家族でやらねばいかん」と思い込んでいました。
ある日、テレビを見ていて、墓掃除やお参りを代行してくれる会社があるのだと知りました。始めは「金儲けのために節操のない仕事だ」と思いましたよ。「そんな大事なことを人任せにしてけしからん」と。
でも、いざ自分の今の姿を振り返れば、墓参りに行きたい気持ちがあっても出来ていない、これから先も車いすでいけない、ということは、、、墓参りを放棄しているのと一緒なんですよね。
長男の子にも「跡継ぎだ」といって墓守をさせるのもかわいそうだし、あの子の人生もあるわけだから、裏山にある一族のお墓を閉じて、みんな一緒に「海洋散骨」にしました。
大分県でも海洋散骨ができるようになったのです。
海は本当に良い所です。母なる海に、あの世で待っている家族には先に入ってもらって、わたしもそのうち一緒に眠らせてもらおうと思います。