先日、私たち一般社団法人まるっと終活大分支援協会に、東京在住のご家族から「お見送り海洋散骨」のご依頼がありました。
“お見送り海洋散骨”とは、ご家族が船に乗船し、故人の遺骨を海へ還す海洋散骨です。故人との最後の時間を共に過ごす瞬間でもあります。
今回お見送りをされたのは、東京で暮らしていたお母さま。
お母さまは大分県国東市のご出身で、若い頃に上京し、東京で家庭を築かれました。子育てを終えたのちも東京に住み続け、亡くなるまでずっと都会で暮らしていたそうです。
子どもたちが選んだのは「母をふるさとの海に還す」ことでした。
■ 「やっぱり、最後は大分に帰らせてあげたい」
ご家族の言葉は、すべてを物語っていました。
東京で育った子どもたちにとって、大分は特別な土地ではなかったかもしれません。それでも、お母さまの出身地であり、想いの原点とも言える大分に、せめて最後は還ってほしい——そんな想いがこの散骨に込められていました。
■ 一周忌と重なった特別な日
当初、散骨の出航はお昼を予定していました。
しかし天気予報では午後から風が強まるとのこと。
そこで、出航時間を前日に「朝8時」に変更しました。
結果として、当日はベタ凪。まるで母を静かに迎えるような、穏やかで美しい海が広がっていました。
そしてこの日は、偶然にもお母さまの一周忌。
ちょうど一年前の朝8時に息を引き取られたということもあり、時間も日にちも“ぴたり”と重なっていたのです。
ご家族は「これは母がこの時間を選んでくれたのかもしれない」と、語っておられました。
■ お墓を持たない供養の形として
このご家族は、お父さまも東京で海洋散骨を依頼していたそうです。先にお父様が亡くなって、自宅で供養していたそうです。その後、母が亡くなり、タイミングを見て海に散骨をしようと決めていたそうです。そんな言葉から、「お墓を持たない選択」が、いまの時代において“現実的で、そして優しい”供養であることをあらためて感じさせられました。
■ 供養の本質とは何か
この海洋散骨が教えてくれたこと。
それは、“どこで供養するか”よりも、“どう想いを伝えるか”が大切だということです。
ふるさとの海に還ったお母さま。
そして、「いつでも海を見れば、母に会える」——そう言って船を見送ったご家族の表情は、とても穏やかでした。
大分で、海に還る供養を選びたい方。 形式に縛られず、心からの「ありがとう」を伝えたい方。
私たちは、そんな想いに寄り添いたいと考えています。
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