急増する永代供養墓とは一体なに?/大分県の海洋散骨まるっと終活大分支援協会 - 大分で海洋散骨 一般社団法人まるっと終活大分支援協会

急増する永代供養墓とは一体なに?/大分県の海洋散骨まるっと終活大分支援協会

大分県で急増する永代供養墓とは一体なに?

近年、日本全国でいろんな特徴をそなえた霊園や納骨堂が増えてきました。

墓地が不足している東京など首都圏を中心にして、近年ではビル型の納骨堂が増えはじめているようですが、その傾向は地方にも広がりつつあります。

これまで、亡くなった方は墓地にお墓を建ててそこに入るものだという、いわば”一般的”な流れが変わってきた理由もさまざまですが、そもそも、納骨堂とは何か?をここで改めて振り返ってみましょう。

納骨堂=永代供養がセット

樹木の写真

納骨堂といっても、お寺の中に新しい建物が建てられる場合や、霊園に納骨できるスペースを確保する場合など、見た目やスタイルは多岐にわたります。

現代の高齢者は健康寿命が長くなりました。

人生の終わり方を自分で決めておく「終活」をする人も増えてきていますが、「終活」について書かれている雑誌などによれば、永代供養とは

「寺が続く限り、永代にわたって供養されるお墓のこと」

と紹介されるケースが多いです。

よく「納骨堂」や「合葬墓」といった言葉と併記されていますが、これはいずれも形を表す言葉であって、永代供養=永代にわたる供養を行うための契約を結ぶ(概念)だといえます。

遺骨の居場所となる合葬墓

全国にある自然葬のシンボルツリーや納骨堂のように、近代的なイメージや景観、環境にこだわったものは少なかったでしょうが、その昔から心ある寺院には合葬墓が存在していました。

檀家が墓を継ぐ代が途絶えてしまえば、その家の遺骨は居場所が無くなる、いわば無縁仏なので寺でまとめて救済しようと作られたのが合葬墓の始まりです。

核家族化が進み、単身世帯が増え、家がお世話になった檀家もわからない。自分がこの世から居なくなった後の世継ぎに不安を感じる人が増えてきました。

お墓が持てずに、家で遺骨を保管している人も少なくないといいます。遺骨をどう扱っていくのかという不安と、遺骨を任せてずっと供養してもらえる安心感の両方を叶えられ、遺骨の居場所として今の時代に見直されてきたということでしょう。

お参りに来る方のためのシンボル

亡くなった親族を火葬し、その遺骨は家墓に納骨する…。

当たり前だと思われていた先祖弔いの形も、時代の流れに沿って変化しつつあります。

その変化に注目が集まり、流れが転換し始めたのが正に今でしょう。

かつては、先祖を手厚く法要しているかどうかを、墓石の大きさや墓地の広さ、献花の華やかさと行き届いた手入れの具合で計っていたところがあったようです。

遺骨(亡き骸)に向かって手を合わせることの意味は、故人に対する「生前はお疲れさまでした」であり、亡き人を思い返して自分の命を考える時間にもなります。

お墓参りに対する思いは、「亡くなった人のためのものであり、同時にお参りに来る人のため」と移り変わってきているように感じます。

老人夫婦が手を繋いでいる写真

自然葬が人気の理由とは?

静かにそっとお眠り下さい また会いに来るね

一家の長子が家を継ぎ、そして墓を継ぐ…。

継ぐ側の立場である子ども世代だけでなく、継いで欲しいと願う親世代の意識も「自由な意思」や「自分らしさ」に傾きつつあるようです。

法要やお墓参りも、墓石に向かってお参りをする、というよりは、墓石のあるなしにかかわらず遺骨がある場所へお参り(会い)に行き、先祖に感謝を届ける、という気持ちのほうが重要視されてきているようです。

自然葬が人気の理由は原点回帰です。

いろんなお墓のかたちがあったとしても、先祖を思う気持ちはきっと皆同じでしょう。

皆さんの事情や境遇、これから将来に向かって先祖のお参りをする時のことも考えながら、親族や周囲の方がより良いと思える居場所を選びましょう。

海洋散骨の自然葬はちょっと違う理由

①本当に「自然」に還ります

全国各地の代表的な「自然葬」は「樹木葬」。その多くは1本のシンボルツリーのまわりにコンクリートの部屋を作り、その中に骨壺を納めます。この方法は自然に還ることはありません。一方、海に散骨する「自然葬」は遺骨は母なる海へ還ります。

②また会いに来れる

海は世界中繋がっています。海にいけば、故人を偲びまた逢うことができます。つまりお墓を持たない選択となります。

昔はみんな土葬で、自然に還っていました。骨壺に入る文化は昭和の時代からです。自然葬は原点回帰=昔にかえる葬送とも言えます。

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